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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9091号 判決

原告 十河茂夫

右訴訟代理人弁護士 鈴木秀男

被告 社団法人 全国宅地建物取引業保証協会

右代表者理事 須永正臣

右訴訟代理人弁護士 雨宮眞也

同 川合善明

同 緒方孝則

同 木村美隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、原告の昭和五六年六月二六日宅地建物取引業法第六四条の八第二項の規定による認証申出につき、申出に係る債権額二五〇万円について認証をせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文一項、二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)六四条の二に基づいて設立された社団法人である。

2  原告は、被告の社員である訴外有限会社太陽建設(以下「太陽建設」という。)との間で、左記の不動産につき、昭和五五年九月一四日金融機関より住宅ローン借入れを条件とし、この借入れが不可能となったときは当然契約を解除する旨の解除条件付きで土地付建物売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

所在地 東京都東村山市恩多町二丁目二五番一四

地積 宅地五〇・九七平方メートル(他に私道一一・九三平方メートル)

建物 木造瓦葺平家建居宅一棟

床面積 二九・〇二平方メートル

そして、原告は太陽建設に対し、昭和五五年九月一四日に手附金として金一〇〇万円を、同年九月二二日に中間金として金二〇〇万円を、同年九月二七日に住宅ローン費用分として金二〇万円をそれぞれ支払ったが、同年一一月末ころ金融機関からの住宅ローン借入れが不可能となったので、本件売買契約は解除条件の成就により解除された。

3  そこで原告は、太陽建設に対して支払いずみの手附金等合計金三二〇万円の返還を請求していたところ、昭和五五年一二月二〇日、太陽建設との間で左記の内容の和解が成立した。

(一) 太陽建設は原告に対し、利息を含めて合計金三三〇万円を支払う。

(二) 右金員は、昭和五五年一二月末日までに金五〇万円を、昭和五六年一月末日までに金二八〇万円を支払う。

しかし太陽建設は右債務を履行せず代表者が逃亡した。

4  そこで原告は昭和五六年六月二六日被告に対し、原告の太陽建設に対する債権に基づいて金三〇〇万円につき宅建業法六四条の八第二項の規定による認証の申出をなしたところ、被告は原告の太陽建設に対する債権が宅建業法並びに同法施行令の改正前に発生したものであるとして、五〇万円について認証をなしたのみで残額二五〇万円についての認証を拒否した。

しかし、原告は以下に述べるように残額金二五〇万円についても弁済業務保証金から弁済を受ける権利を有している。

すなわち、宅建業法上は被告の社員と取引をした者が弁済業務保証金から弁済を受ける権利が発生する時期について定めがないが、宅地建物取引業者の負担の軽減を図りながら集団保証による消費者の保護、即ち取引により受けた損害を回復させようとする制度の趣旨に鑑みれば、損害を受けたとき、即ち本件でいえば和解契約の不履行のときに弁済を受ける権利が発生すると解するべきである。

そうであるならば、本件においては、原告の被告に対する認証請求権は昭和五五年一二月末日に金五〇万円の和解金内金の支払債務を太陽建設が履行せずに同社の代表者が逃亡した時点において発生したといえるから、右改正後の宅建業法並びに同法施行令が適用される結果、原告は金三〇〇万円を限度として弁済を受ける権利を取得し、被告に対し金三〇〇万円について認証を受ける権利を有するから、認証を拒否された残額金二五〇万円について認証を求めるものである。

5  仮に前項の主張が認められないとしても、本件売買契約は、前記のとおり昭和五五年一一月末ころ解除条件が成就したため、原告は太陽建設との取引により手附金等合計金三二〇万円の返還請求権を取得したものである。

ところで、宅建業法六四条の八は、債権の発生時期については同法の制定ないし改正の前後によりその適用に差異を設けない趣旨であると解すべきであるから、原告の取得した右債権が昭和五五年一二月一日施行の宅建業法及び同法施行令の改正前に発生したものであるとしても、右改正後の規定により原告は金三〇〇万円の範囲内で被告が供託した弁済業務保証金について弁済を受ける権利を有し、右権利の実行のため被告に対し右金額について認証を求めることができるというべきである。けだし、法改正による弁済額の範囲引き上げに伴い、被告の社員であった太陽建設も弁済業務保証金分担金を追納しているにもかかわらず、原告がその取引により生じた債権を有しながらその保護を受けないとするのは権衡を失するのみならず、本件の場合、不動産売買契約に名をかりた手附金等の詐欺の疑いが強く、そうであるならば債権発生時期は契約成立時まで遡るが、そのような不動産業者の不当性の強い場合に改正前であるとの理由でますます制度の保護を受け得ない結果となることは不合理であるからである。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1、2は認める。

(二) 同3のうち、和解契約が成立した日は不知。その余は認める。

(三) 同4のうち、原告がその主張の日に金三〇〇万円について被告に認証の申出をし、被告が金五〇万円について認証をし、その余は拒否したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同5のうち、本件売買契約が昭和五五年一一月末ころ解除条件の成就によって解除されたことは認め、その余は争う。

2  被告の主張

原告が太陽建設との本件売買契約により同社に対して取得した債権は、昭和五五年一一月末ころ解除条件の成就によって発生しているところ、原告が右債権に関し弁済を受け得る弁済業務保証金の還付は、宅建業法六四条の八により、「当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき第二五条第二項の政令で定める営業保証金の額に相当する額の範囲内」においてなされ、還付されるべき金額は政令に委ねられている。そして、政令(宅建業法施行令)では、現在、主たる事務所につき三〇〇万円、その他の事務所につき事務所ごとに一五〇万円の割合による金額の合計額とされている(二条の三)が、この現行の定めは、昭和五五年法律第五六号による宅建業法等の一部改正に伴う同年政令第二一三号による同法施行令等の一部改正によるものであり、その施行期日は昭和五五年一二月一日であった。右改正前の弁済業務保証金の額は、改正前の宅建業法施行令二条の三により、主たる事務所につき五〇万円、その他の事務所につき事務所ごとに二五万円の割合による金額の合計額とされていたのであり、原告が弁済業務保証金から弁済を受ける権利は右改正前に発生したものであるから、被告は改正前の規定に従い金五〇万円につき認証をしたものである。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1、2の事実、同3のうち原告と太陽建設との間で原告が支払いずみの手附金等の支払いにつき和解が成立したこと、同4のうち原告が昭和五六年六月二六日被告に対し宅建業法六四条の八第二項の規定に基づき金三〇〇万円について認証の申出をしたところ被告は金五〇万円について認証したが、その余の金二五〇万円については認証を拒否したこと、並びに同5のうち本件売買契約が昭和五五年一一月末ころ住宅ローン借入れが不可能となり解除条件の成就によって解除されたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二1  原告本人は、右和解成立の経緯について、住宅ローンの借入れが原告の収入額の不足のために不可能になったことを太陽建設の担当者から聞いたのは昭和五五年一二月一五日であり、その後支払いずみの手附金等金三二〇万円の返還を太陽建設に求めていたところ、同年末までの間に太陽建設から右金三二〇万円の支払いについて「金五〇万円を昭和五五年一二月末日に支払い、残金二七〇万円は昭和五六年一月末日までに利息一〇万円を含めて計二八〇万円を支払う」旨の「覚え書」と題する書面が郵送されたが、その履行がなく、同年末ころには大陽建設の代表者が行方不明となって同社は倒産したため、昭和五六年に入って東京都の宅地相談係へ相談に行き、宅建業法により弁済業務保証金から還付を受ける制度があることを知った旨供述している。

しかしながら、右の供述のうち、その時期に関する部分はあいまいであるのみならず、《証拠省略》並びに前記争いのない事実を総合すれば、原告と太陽建設との本件売買契約が住宅ローンの設定が不可能となったため解消され、原告が支払いずみの金員の返還を求めたのに履行されないため原告が東京都住宅局民間住宅部不動産業指導課に相談に赴いたのは昭和五五年一一月二八日であり、この時点では原告は既に太陽建設に本件売買契約の解約を申出て金員の返還を求めていたことが認められ(昭和五五年一一月末本件売買契約が解除条件の成就により解除されたことは当事者間に争いがない。)、右事実に照らせば、太陽建設から手附金等の返還についての「覚え書」が郵送されてきたのが昭和五五年一二月一五日以降同年末日までの間であるとする原告本人の右供述部分は、にわかに信用し難い。

2  のみならず、宅建業法六四条の八第一項において、「宅地建物取引業保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者」が、「その取引により生じた債権」として弁済業務保証金から弁済を受け得る対象となる債権は、その不動産取引自体から発生した売買代金、権利金、礼金等の契約の対価たる金員の支払請求権もしくはその取引の解消に伴うその返還請求権のほか、その取引に付随して法律上通常生ずる利息、遅延損害金、違約金等の支払いないし返還請求権を指すものと解せられ、その取引に関連するものであっても、後日取引当事者においてこれらの金員の弁済方法、損害金ないし違約金等について任意に和解契約が成立したとしても、それは別個の債権発生原因をなすものであり、宅建業法の右条項にいう「取引により生じた債権」に当たるとはいえないというべきである(弁済業務方法書細則参照)。

本件においては、前記のとおり、原告は既に昭和五五年一一月末(同月二八日以前)には本件売買契約の解除条件の成就による解除により、原状回復として、支払いずみの前記手附金、中間金及び住宅ローン手続費用の全額三二〇万円(及び別段の特約がない限り右金員支払後の法定利息及び法定利率による遅延損害金)につき返還請求権を取得したものであり、これが宅建業法六四条の八第一項の対象債権となるというべきである。

なお、原告は、前記和解契約が昭和五五年一二月末ころの太陽建設の代表者の逃亡、同社の倒産により事実上不履行に確定したときに宅建業法六四条の八による弁済業務保証金から還付を受ける権利ないし被告に対する認証請求権が発生するかのような主張をしているが、前記のとおり、同条の対象債権は和解契約の成立、その履行の有無にかかわらず解除条件の成就の時点で発生ずみであり、かつその対象債権に関して宅建業法六四条の八により弁済業務保証金から還付を受ける権利ないし被告に対する認証請求権は右対象債権の発生と同時に発生し、これを行使できると解すべきであるから、原告の右主張は採用の限りでない。

三  宅建業法六四条の八、同法二五条二項により弁済業務保証金の還付の金額の範囲の基準となる営業保証金の額は、現行宅建業法施行令二条の三により「主たる事務所につき三〇〇万円、その他の事務所につき事務所ごとに一五〇万円の割合による金額の合計額」と定められているところ、現行の同条の定めは、昭和五五年法律第五六号宅建業法等の一部改正に伴う同年政令第二一三号宅建業法施行令等の一部改正によるものであり、右改正は昭和五五年一二月一日から施行されている(改正前に発生した債権について改正後の規定を適用すべき旨の経過規定の定めはない。)ことは当裁判所に明らかである。

そして、原告の本件認証の対象となる債権が右改正法及び改正政令施行前に発生したものであることは前判示のとおりであるから、右改正後の和解契約に基づく債権の発生を前提とし、又は、和解契約ないし解除条件成就に基づく債権の発生が右改正の施行期日前であるとしても改正後の営業保証金の額に従い弁済業務保証金からの還付を受ける権利があることを前提とする原告の本訴請求は、その理由がないことに帰着する。

四  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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